8月 5th
人生の目的とは、なんのために生まれてきたのか、
なんのために生きているのか
なぜ苦しくても生きていかねばならないのか、
平たい言葉でいえば「なぜ生きる」ということです。
世の中の娘が嫁と花咲いて、
かかあとしぼんで、婆と散りゆく(一休)
娘とは、女へんに「良い」と書きます。
一番いい時代ですね。
とつぐと、嫁といわれるようになります。
子供が出来ると鼻たかくなるので、女へんに鼻と
かいて「かかあ」と読むのだそうです。
年を重ねると、身体にシワがよるので、
「婆」は女性の上に、波とかくのだそうです。
そうやって成長していって、どこへいくのか、
「散りゆく」とありますように、最後は死んで
いかねばなりません。
生まれて、年をとって、死んでいく。
こんな人生「なぜ生きる」と考えずにはいられません。
その答えが親鸞聖人の教えにあるのだと、親鸞会のお話
で聞かせてもらいました。
7月 29th
経済大国日本は、自殺大国でもあります。
その推移を見てみますと以下のようになっています。
平成 9年 24391名
平成10年 32863名
平成11年 33048名
平成12年 31957名
平成13年 31042名
平成14年 32143名
平成15年 34427名
平成16年 32325名
平成17年 32552名
平成18年 32155名
平成19年 33093名
平成20年 32249名
平成21年 32753名
実に12年、年間自殺が日本だけで3万人を越えています。
12年(平成10年から21年)で実に390607名の人が自殺で
亡くなっています。未遂はその10倍はいるとも言われます。
「苦しい人生、なぜ生きる?」
これほど深刻で大切な問いはあるでしょうか?
参考資料:警察庁発表 自殺者数の統計
http://www.t-pec.co.jp/mental/2002-08-4.htm
6月 8th
「なぜ生きる」芥川賞作家・柳美里
芥川賞作家・柳美里(ゆう・みり)に『自殺』という本に
「なぜ生きる」という問題が扱われています。
この本には、こう書かれていました。
「私なんかよりもっと上の年齢のひとたちは、
なぜひとは生きるか、なぜひとは死ぬのかなんて、
友だち同士で語り合うのがどく普通だったんですよね。
どうしてしなくなっちゃたんだろう。
それが悪いとはいわないけれども、たとえばファッションの
話とか、いい化粧品が出たとか、どこそこのレストランは
5つ星だとかいう話ばかりしているのは問題だと思うんです」p89
「テネシー・ウイリアムズは、
『書きたいことは一つだ。
ひとはなぜ生きて、
なぜ死ぬのかという、
それしか書いていない』
といっているんだけれども、私もそうなんですね」p93
「この前『アンアン』の編集部のひとと話したら、最近、
『あれだけ完売を誇っていたファッション特集、化粧特集、
髪型特集が売れない』と嘆いてた。
メンタルなテーマ、たとえば友だちがほしいとか、愛情
とは何だ、恋人とは何だというのが売れるんですって。
もう一歩で哲学でしょう。
そのうち『アンアン』で『なぜ生きるのか』という特集を
やるんじゃないかなと思っているんです(笑)」 p100
『なぜ生きる』という言葉が連発です。
親鸞会の人が「なぜ生きる」という以上の問題はない、
と話していたので、聞きにいきたいと思います。
5月 5th
人は「どう生きる」は考えても「なぜ生きる」を考えません。
しかし、それはおかしなことではないでしょうか?
走ることにたとえれば、
「どう生きる」は走り方です。
「なぜ生きる」は走っていく目的地です。
目的地もなく、走るために走っていたらどうなる
でしょう?
走りだおれあるだけです。
歩くことに例えれば、歩きだおれ。
飛ぶことに例えれば、墜落。
泳ぐことに例えれば、ドザエモンになるだけです。
いかに目的が大事か、知らされるばかりです。
4月 5th
人は「どう生きる」は考えても「なぜ生きる」を考えません。
しかし、それはおかしなことではないでしょうか?
「どう生きる」は手段です。
「なぜ生きる」は目的です。
目的を考えず、手段だけ考えたらどうなるでしょう?
机上の空論です。
手段のための手段はナンセンスです。
手段をいかすも殺すも、その目的にあるのです。
「どう生きる」の前に「なぜ生きる」があるのです。
3月 25th
「なぜ生きる」
「なぜ死んではならないのか」
「なぜ人を殺してはいけないのか」
「なぜ人命は尊厳なのか」
「なぜ人の命は地球より重いといわれるのか」
根っこは同じ問題です。
「なぜ?」
この問いを自己に発するところから、すべては
始まるのではないでしょうか?
2月 1st
ゆずの『虹』という曲が考えさせられます。
暗闇の中で泣いてたんだね
希望を乗せ空に響け
乾いた大地 踏みしめる ホコリまみれのBoots
与えられてきた 使命(いのち) 取り戻すのさRoots
お釈迦さまの有名な言葉に
「天上天下唯我独尊」
といわれるものがあります。
なんとなく、「俺だけが偉い!」って意味にとられがちですが、
本来の意味は
この大宇宙(天上天下)で、ただ我々人間だけが
たった一つの尊い使命、いわゆる人生の目的(独尊)をもっている
ということ。
「生命は尊厳」といわれるけれど、それは尊厳な使命(目的)が
あるから
越えて 越えて 越えて
越えて 越えて 越えて
流した涙はいつしか
一筋の光に変わる
虹色の明日へ続く・・・
雨上がりの空に そっと架かる虹の橋
雨上がりの空に そっと架かる虹の橋
「なぜ生きる」という本には、こんな言葉が出てきます。
「生きる目的を達成すれば流した涙の一滴一滴が
真珠の玉となってその手にかえる」
(『なぜ生きる』高森顕徹先生)
目的がいかに大切か、そして素晴らしいかということですね。
親鸞会では親鸞聖人の教えを通してこういった内容が話されているようですね。
1月 5th
「哲学は驚嘆にはじまる」
といわれますが、
「人はなぜ生きるのか」この驚嘆こそが、
真に驚嘆すべきことでしょう。
生きるのは楽なことではありません。
生きていれば、いろいろ苦しいことが
あります。
そんな人生、なぜ生きる?
これほど深刻で大切な問題はないでしょう。
12月 27th
「なぜ生きる?」っていうテーマを正面から歌っている歌手に
上原あずみ、という人がいます。
以下、「MAZE]という曲からです。
どうしてみんな生きているの
どうしてみんな死んでゆくの
なぜ私はココにいて
なぜ私は誰かを演じて
なぜ私は作り笑いをして お世辞をならべて
言いたくも思ってもないことを口にするの
なぜ私は生きている
《Maze》 作詞:上原あずみ 作・編曲:Bonn
maze
maze(メイズ)とは、迷路、迷宮という意味。
迷宮のような人生、なぜ生きるの?
親鸞会の友人が、「なぜ生きるって考えたことない?」と
聞いてきたことを思い出します。。。
11月 27th
「なぜ生きる」という問いには、
しんどいのに
つまんないのに
苦しいのに
未来(さき)が見えてるのに
どうせ死ぬのに、
「なぜ生きる」ってニュアンスを含めて感じてる人は多いと思う。
この「生き難さ」を感じてる人は決して少なくないんじゃないかな?
直接的な
人間関係
金銭的問題
病気
などの問題もあるし、もっと抽象的な、
なんとなく
漠然と
なにというわけではないけど
空しかったり
淋しかったり
力がわいてこなかったり
ってことないですか?
そんなときは、
パーと楽しんで憂さ晴らし!
とにかく今日はゆっくり風呂でもはいって早く寝て
などのアドバイスも頂きます。
確かにある程度効果はあります。
でも、根っこの部分、一番大事な部分は
なーんにも変わってないように思うのですよね。
だから、またある程度時間がたつと、むしょうに行き辛さを
感じてしまうのです。
もし「なぜ生きる」の答えが分かったら、このモヤモヤ感は解消され
よほど違った人生が開けるように思えるのです。
僕の感覚、分かってもらえますか??