人生は無意味なものなのか?なぜ生きる?

7月 22nd

「人生って、結局、無意味なんじゃないの?」

という意見は少なくありません。
人生が無意味ということは、何の意味もなさない、ということ。
言葉を換えれば、無駄。

そのように口にしている人も、しかし、さすがに「無意味」をそのまま受容することは出来ません。
無意味であることは、むなしく、苦しいことです。

作った料理をひっくり返してしまった時、一生懸命にパソコンで打ち込んだデータが消えてしまった時、アルバイトで受け取った給料を落としてしまった時……、そんな時の無意味感はたまりません。

「何のために一生懸命がんばったのか……」

とても苦しい気持ちになります。やりきれません。
何とか自分を慰めようと思って、意味を見出そうとするのですが、それでも失ったものが大きいほど、フォローは難しいものです。

「今回の失敗を、これからの人生の教訓にしよう」

と、失敗を成功の糧と受け止めて、前向きな気持ちを取り戻そうとする人もあるでしょう。
それが精一杯かもしれません。

しかし、もう未来がないとなったらどうでしょう?

「え?そんな時があるの?」

あるんです。それが「死」です。どんな失敗も、「それを今後の糧に……」と言えなくなるのが「死」です。
人生をかけてやってきた一切が、そこで失われます。
手に入れてきた一切を、そこで失います。

何もついては来ません。

そのことを分かってなのでしょうか、「人生は無意味」と思う人が少なくないのです。
しかし、それを思ったとき、人生は、すべて虚しいものとなります。

生きる意味がないのですから。

しかし、本当に、人生は無意味なのでしょうか?

もし、人生に意味があるとするならば、手に入れたものが、たとえ死がやってきても失うことがないものでなければなりません。
そんなものは、本当にあるのでしょうか?

「あります」

あるから、生きる意味があるのです。
それが「なぜ生きる」の解答です。

それを教えられたのが仏教なのです。

Copyright © なぜ生きる?人間 All Rights Reserved.