なぜ生きる?尾崎豊の叫び

1月 24th
Posted by ポン太  as 未分類

尾崎豊の2通目の遺書があった、ということで、芸能ニュースでも話題になっていました。

尾崎豊の歌詞には、強いメッセージを感じます。

『15の夜』には、次のようにあります。
自分の存在が 何なのかさえ

解らず震えている

15の夜

……

なんてちっぽけで

なんて意味のない

なんて無力な

15の夜
自分の存在意義を問い詰める歌詞。

広い宇宙を見上げたとき、あまりに小さな地球という星。

その中の、日本という国に生きる一人の人間。
日々、勉強、仕事、家事に追われ、毎日を過ごしています。

そして、最後には同じ結末、「死」があるだけ。

楽しければ、それでもいいかもしれない。

けれど、人生は、生きるとは、何と過酷なのでしょう。

努力して、手にした幸せは、努力の時間と比べればあまりに儚く色あせる。

いつ、どうなるか分からない不安。

本当の安心、満足というものは、いったいどこにあるのか?

だから、人は、それを何かでごまかそうとするのかもしれない。

酒で、趣味で、仕事に没頭して、遊んで、はしゃいで……。

だが、それは一時のごまかしに過ぎないから、結局、現実に引き戻される。

夢と現実を行ったり来たり、そして結局、「死」の現実で終わっていく。

何のために生きるのだろうか?

なぜ生きる?

「生きてきてよかった!」

の大満足を、仏教を説かれたお釈迦様は明らかにされました。

「なぜ生きるの答えがある」

「人生に意味がある」

「生まれてきてよかった、という大満足がある」

経典には、

「人身受け難し今已に受く、

仏法聞き難し今已に聞く、

この身、今生に向かって度せずんば、

更に何れの生に向かってか、この身を度せん」

とあります。

人間に生まれて良かった、と心から言える真の満足は、時代や場所によって変わることはありません。

人は、だから仏教に説かれる「なぜ生きる」の答えを求めずにいられないのでしょう。

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