なぜ生きる?それぞれの考え
7月 4th
Posted by ポン太 as なぜ生きる?一般論
Yahooやgooのコミュニティーで「なぜ生きるのか」が質問として挙げられると、非常に回答が賑わいますね。
真面目に仏教の観点から説明する親切な親鸞会の方もいらっしゃれば、精神的な幼さゆえに「考えること事体が無意味だ」と答える人もいます。
それらをいくつか読んでいて気付いたのですが、答えは人によって様々ですが、皆さんそれぞれ自分なりの答えを持っていらっしゃるようです。
自分の考えを述べたうえで、質問者によりよい答えを得られるようエールを送って・・・
僕はそれらのコミュニティーを読むだけで、質問する側にも回答する側にもまわらずにいるのですが、それだけでも励みになります。
答えは人それぞれとはいえ、「なぜ生きるのか、その理由は自分で探すもの」という回答が一貫してあるように思えました。
生きる意味がそれぞれの人で異なるということは、僕がこのブログでいちばん最初に述べたことでもあります。
全ての人に共通している「なぜ生きるのか」の答えを求めるということは、“人間”の生きる意味を求めることであり、それは“あなた”の生きる意味とは明らかに違ったものになります。
“人間”の生きる意味を求めてしまうと科学的な観点にならざるを得ず、生きることそのものに意味はないとか、子孫繁栄のためとかいう答えになってしまうのは無理からぬこと。
死んだらどうなるかという問いなら誰にでも同じ答えが当てはまりそうですが、なぜ生きるのかなんて問いは他人に訊ねて出る答えではないんですね。
参考にはなるでしょうけど。