なぜ生きる?仏教の考え

5月 8th
Posted by ポン太  as なぜ生きる?仏教の教え

仏教では、なぜ生きるのかを泳ぐことに例えて、その理由を説明しています。

長い人生を果ての見えない海とすると、どこかの島を目指して泳いで行くこと、それが生きる目的だというのです。
しかし、どこにあるかも分からない島を目指すのは体力的にも精神的にも辛いこと。
だからといって、泳ぐのをやめてしまうと溺れてしまいます。
なるべく目的を明確にして泳ぎに力を与えることが、なぜ生きるかの理由となるのです。

人生を果てしない航海と例えると、いろいろなことが例えられますね。
同じ道を歩む仲間がいれば、溺れそうになっても助け合って行けるかもしれない。
ときには違う島を目指して離れていくこともあるかもしれないでしょう。
たった一人で広い海を漂うこともあり、そのうち共に泳いで行くパートナーを手に入れることもあるかもしれない。
力尽きて溺れていく人にやりきれない思いを抱きながら、その人の分も自分は諦めずに泳いで行く・・・
それこそ、まさに人生ですね。

泳いでいると、時折漂流物を見つけられることがあるかもしれませんね。
大きな丸太だったらしばらくの間はつかまって休んでいられそうですが、小さな板だったら自分の体重を支えることはできないかもしれません。
どちらにしてもあまり長く留まっているわけにはいかないので、一時的な休憩と考えなければいけません。

広い海でのことですから、荒波や時化に見舞われることもあるでしょう。
しかし、それにもめげずに泳ぎきることができた暁には、快適に過ごせそうな島に出くわせるかもしれません。

いつかたどり着けるであろう、自分好みの島に向かって泳いで行くこと。
それが人生であり、なぜ生きるのかという答えなのです。

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