苦しい時、突きつけられる「なぜ生きる」の問い

5月 1st
Posted by ポン太  as なぜ生きる?一般論

3月11日に起きた未曽有の震災。

東日本大震災の被害は、1ヶ月経った今も、未だにつかめないほど大きなものとなっています。

復興に向けて、日本国内だけでなく、世界から支援が寄せられ、励ましのメッセージが毎日、被災地に届けられています。

しかし、ご家族を亡くされた方の時間は、その時から止まったまま、というのもまた現実です。

遺体が見つからず、今も探し続ける遺族の方の姿が報道されますが、その心境はとても想像できるものではなく、言葉を失います。

ある専門家は

「遺族ほど悲しみや苦しみに耐え、頑張っている存在はいない。周囲が死を見ないようにして『頑張ろう』と復興ばかり強調すれば遺族は『放っておかれている』と思う。喪失感は増し、最悪自殺という手段を選択させてしまう」

と遺族の孤立化を危惧しています。

想定外の苦しみや悲しみに遭遇したとき、人は生きる希望を失い、未来への見通しが立たず、絶望のあまり自ら人生に終止符を打とうとすることがあります。

死んで楽になれる保証などないとありませんが、そのような行動に出てしまうのも、あまりに苦しみが大きいからでしょう。

どんなに苦しくても、なぜ生きるのか。
人は、苦しみに直面したとき、この問いが突きつけられます。

苦しみはいつやってくるかわかりません。
前もってやってくるとわかっている苦しみの方が少ないでしょう。

今、この「なぜ生きる」の問いに、しっかり向き合っておくことが大事です。

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